第32回 カミソリの思い出

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床屋に行ったことのある方なら、理解していただけると思うのですが、
床屋に行くと、髭や顔の産毛を剃刀で剃ってもらえます。

そもそも美容と理容の違い(=美容室と床屋の違い)は、
それぞれ業務範囲も制定されている法律も異なります。
美容=パーマネントウェーブ、結髪、化粧等の方法により
容姿を美しくすること(美容師法第2条第2項)
理容=頭髪の刈込、顔そり等の方法により
容姿を整えること(理容師法第1条の2第2項)

異なる二つの法律は、昭和23年に理容美容が一緒の「理容師法」が制定され、
その後、業務や業界が成熟して、昭和32年に単独の両法律に分かれたそうです。
容姿を整えることから美しくすることへ。
社会の変遷が法規の変遷にも表れている現象といえましょう。

親しい美容師の方には怒られてしまいますが、
僕は、ここ数年、美容室にはまったく通わず、床屋に通っております。
冒頭のように、床屋では蒸しタオルのあとに剃刀でキレイに顔を剃っていただき、
法律に定義づけられているように、髭を「整えて」いただくのです。

その剃刀を「自宅でも容姿を整えられるように」と、
ある理容師さんから数年前にプレゼントしていただいたのです。
業務用の「刃」は、あまりにも切れすぎてしまい危険とのことで、
家庭用の替刃をセットでつけていただきました。刃を簡単に取替えられる剃刀なのです。
かけ出しだったこの理容師さんは、通勤途中にしばしば通い親しくなった僕に対し、
惜しげもなく自らの商売道具であるこの剃刀をくださいました。

その思い出の剃刀が、危うく没収されそうになりました。
福岡空港の保安検査にて検査員が、危険物ということで、没収するとのことでした。
もちろん「刃」をぬいてある状態で、僕も保安検査を通ろうとしました。
つまり、まったく殺傷能力のない刃のない剃刀を危険と言うのです。
幾度となく保安検査をパスした刃のない剃刀です。国際線も国内線も。

僕は保安検査員に理由を聞きました。
「どのように使用しても人は斬れないですけれど、何が問題ですか?」
冴えない表情だけが印象に残る検査員は答えました。
「形状からジャックナイフの類似品とみなします。」
「形状?他の乗客を畏怖させる形状とでもいうのですか?ジャックナイフ???」
あきれてしまいましたが、没収されても困る思い出の品なので質問を続けました。
「羽田でも成田でも刃がないということでパスしていますよ。
 どのような理由に基づいて、ダメだとおっしゃるのですか?」
「形状です。」とりつかれたように彼は繰り返します。

離陸まで残すところ10分となり、他の乗客にも迷惑をかけられないので、
たまらず、責任者を呼ぶことにしました。
「あなたの上司の方を呼んでください。」

すると全日空のグランドスタッフの女性がやってきました。
「事情は伺いました。私どもは空港を通じて保安検査を外注しているのです。
 委託した会社が、Noと言っている以上・・・・。」
(外注?)
「あらためて伺います。この剃刀の刃がない状態は危険でしょうか?
 形状で他の乗客を恐怖に陥れるようなものでしょうか?
 機内に持ちこめない理由がわかりません。教えていただけませんでしょうか。」

「私も、まったく問題ないと思います。少しお待ちいただけますか。」
僕の剃刀を見て、検査員の対応を愚鈍に感じたかのように苦笑し、
その女性スタッフは奥に戻り何かを確認し、戻ってきて一言。
「大変すみません。問題ないので、ご搭乗ください。」

検査員からは、たったの一言もありませんでした。
このような方に限って、爆弾を持ち込ませてしまうのではあるまいか。
仕事の意味を考えて仕事しているのであろうか。
何か権威をもったような勘違いをしているのではなかろうか。
福岡空港の保安検査に不安を感じながら、
また一つ思い出を増やした剃刀とともに、僕は搭乗するのでした。

というわけで、昨日の福岡発羽田行き、全日空254便が遅延したのは、
思い出深い剃刀のせいなのです。
ちなみに僕は、髪の短い女性が好きです。

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